先日、牟礼慶子さんの詩「見えないだけ」を題材に授業を行いました。
この詩は、一見するとシンプルな言葉で書かれていますが、読み進めるほどに「世界の広がり」と「自分の小ささ」、その両方を同時に感じさせてくれる作品です。
授業では、生徒さんたちと一緒に
「見えないってどういうことだろう?」
「本当に“ない”のかな?」
と、少しずつ言葉の奥を探っていきました。
すると、こんな考えが出てきました。
- 自分が知らないだけで、世界はもっと広いのではないか
- 今はできないことも、これからできるようになるかもしれない
- 見えていないだけで、未来はすでにそこにあるのではないか
そう考えると、不思議とワクワクしてきます。
同時に、「まだまだ知らないことばかりだな」と、少し謙虚な気持ちにもなります。
成長するということは、単にできることが増えるだけではなく、
「見えていなかったものに気づくこと」なのかもしれません。
そして、世界が広がれば広がるほど、
自分の未熟さにも気づきながら、
それでも未来に向かって進もうとする力が生まれる。
未来は、突然やってくるものではなく、
「見えないだけで、すでにそこにあるもの」という予感が、胸の中に不安と同時に希望や期待を生じさせる。
授業の中で、生徒さんたちはそれぞれに感じるものがあったようです。
言葉にする子もいれば、静かにうなずく子もいました。
でも、その一人ひとりの中で、
「何か」が確かに動いた時間だったように思います。
こういう時間の積み重ねが、
やがて大きな学びにつながり、未来をつくっていくのだと、改めて感じました。
見えないだけで、そこにはきっとある。
その先にある未来を信じて、
これからも一歩ずつ、学びを積み重ねていってほしいと思います。